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令和7年度奈良女子大学大学院入学宣誓式 学長式辞

学長式辞

 奈良女子大学大学院に入学の皆さん、入学、おめでとうございます。ご家族並びに関係者の皆様にもお祝い申し上げます。また、来賓の皆様におかれましては、お忙しい中、ご臨席賜りましたことに、御礼申し上げます。本日は、新入生の皆さんの大学院入学に際しまして、私から一言、お祝いの言葉をお送りしたいと思います。

 文部科学省から2024年度に公表された2023年度の大学進学率は、男性が60.5%、女性が54.5%と、現在の日本では、半数以上の人が大学で学んでから社会に出て行く世の中となっています。一方、同じ2023年度のデータでは、大学院への進学率は男性が16.04%、女性が7.35%です。このデータから、現在の日本では、学部での学びに関する男女差はさほど大きくないが、大学院進学率には、大きな男女差が存在することがわかります。また分野別に見ると、いわゆる理工系の分野においては、学部でも極端に少ない割合しか女子学生が在籍していない、なども指摘されています。このような「女性の社会進出」という点から見ると、皆さんは大学院に進学していただいた時点で既に、男性とくらべて女性が少数派である世界に足を踏み入れたことになります。

 世界経済フォーラムが発表している、男女格差の現状を評価した「Global Gender Gap Report」2024年版で、日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中118位でした。公表開始以来、最低の順位であった昨2023年の125位からは、小幅には持ち直したものの、改めて日本社会において男女格差が埋まっていないことが示されています。世界経済フォーラムは、日本社会に関して「現在のペースでは、完全なジェンダー公正を達成するまでにあと134年かかる。これは、5世代分に相当する」とも指摘しています。

 私は今65歳ですが、1989年のベルリンの壁の崩壊と東西冷戦の終結など、絶望的と思えたような事象でも、状況が劇的に改善される現場を目にしてきました。つまり、長く生きていれば自分が想像もできなかったような世界を目にしたり、体験?経験したりできる可能性があるということです。したがって私は、現在の日本社会における男女格差にしても、それが劇的に改善する可能性だってあり得ない話ではない、という希望を持っております。本日ここにいらっしゃる新入生の皆さんには、そのような男女格差の縮小改善に貢献する人材としての役割にも期待しております。

 私は自然地理学の研究分野で自然環境の変遷史について研究してきました。私のような分野の研究では、研究対象が野外の自然なもので、まず、その実態を把握する事からして、かなり手間がかかります。今でこそ、インターネットや衛星データの普及などによって、現在や現代の自然環境とその変化を知ることはかなり容易になってきましたが、時代を遡って、近代以前の歴史時代や、先史時代の自然環境の状況を知ろうと思ったら、結構大変です。現場に残された化石や地層に残された過去の痕跡などを実地に探す必要がありますし、思ったようなデータが入手できないことも珍しくありません。運もありますし、結構、クマにも遭遇します。そのような苦労の末に入手したデータは、何らかの形、できれば論文に反映させるような形で後世に残してゆくことが大切です。そう言う私自身、それをうまく実践できてきたかと問われると、恥ずかしい限りではあるのですが。

 大学院生時代に日本の学会誌に投稿した私の最初の論文には、当時の学界の常識からすると、ちょっとズレた内容となっているところがありました。そして、論文は学会誌に掲載されたものの、私自身、何か変だなあとモヤモヤした気持ちを持ち続けていました。しかしだいぶ後になってから、当時言われていたある火山の噴火年代が、それまで考えられてきたよりももっと古い時代だったということが明らかとなり、私自身、なるほどと思えるようになりました。学問分野の常識に縛られて、当時、それに迎合するようなことを書かなくてよかったなあと思った事例です。また、20年以上前に国際誌に書いた、昭和基地周辺から得られた貝化石の年代測定に関する論文は、今でも海外の研究者達から引用されています。南極氷床の変遷史にも関わるその内容は、南極大陸の他の多くの地点を対象とした論文とは一線を画す内容になっていまして、今もって少数派です。しかし少数派ということは、そこには、まだ多くの研究者が見落としている何かが隠されているのではないか、と思っているところです。私は、自分自身ではないかも知れませんが、その謎が解き明かされる日が来るのではないか、ということを楽しみにしています。

 研究をしていると、仮説に合わないデータや、予期せぬ結果に遭遇することが少なくありませんが、ここでは、改めて皆さんに、そういう時にこそ真に面白く重要な研究上の気づきが得られる可能性があるものだ、ということをお伝えしたいと思います。いずれにしましても、新入生のみなさんには、大いに研究を楽しんで、そしてそこで得られたデータや結果と考察を、きちんと論文の形で残してゆくこと、ある意味でそれは大学院生が果たすべき義務でもあるということを意識しながら、この大学院生時代を過ごしていただきたいと願っております。

 今日から奈良女子大学の一員になられた皆さんには、入学金や授業料を収めていただいておりますが、一方で、税金の補助を受けて、その授業料を上回る勉学研究環境を提供させていただいております。その意味で、皆さんは、自分のために勉学?研究するだけではなく、その勉学?研究の成果を少しでも社会に還元する責務をも負っています。新入生の皆さんには、ぜひ、このような自覚を持ってこの大学院での時を過ごし、自分なりの方法で世の中に貢献できる社会人に成長していただけたらと願っております。みなさんが有意義な大学院生活を送られることを祈念して、歓迎の言葉とさせていただきます。


 令和7年4月4日
 奈良女子大学長 高田将志